ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

本のこと。

ここんとこ読んだ本。

ここんとこ読んだ本で、心におちた本シリーズ(ってことは続くのかな?) 「貧の達人」東峰夫 著(2004年 たま出版) 「心の小筥」直井潔 著(1982年 神戸新聞出版センター) 「悲しきカフェ」河原晉也 著(1988年 沖積舎) 「ばれてもともと」色川武大 著(…

散木としての生き方。

何日か前にラジオを聴いていたら、作家で妖怪研究者の荒俣宏さんがとても興味深いはなしをしていた。うろ覚えだけれど、たしか荘子と散木のはなしだったはず。 ちなみに、この「散木」というのは、材木としては役に立たない木のこと。曲がっていたり、節が多…

ブコウスキーのこと。

はなったれだった頃、よくブコウスキーの小説を貪り読んでいた。 チャールズ・ブコウスキー。酔っぱらって、「くそったれ!」と悪態をつき、詩や小説を書いては、ファックする。読んでいると、ともかくバカバカしくて淋しくて少し苦い、なんともいえないへん…

こころが折れそうになったとき。

こんな仕事をしていると、将来のこと、というよりも老後のことをよく考える。 考えれば考えるほど、アカルイキモチではいられなくなる。「どうせ、みんないつかは死んでしまうのだから、好きなことやって、おもうように暮らしたほうがいい」なんて、年がら年…

波を切って漕ぎ続ける。

アメリカ文学の名作「グレート・ギャッツビー/スコット・フィッツジェラルド 著」を、ぼくは青い春の頃からずっと大好きでなんども読み返してきた。その魅力は中年となった今でも色褪せることなく、あいかわらず「なくてはならない大切な小説」として読み返…

古本いじり。

どうにも体調が戻りきらず、すっきりとした生活ができない。いちど出始めると止まらなくなる咳のために、ひどく身体が疲れている。そんなだから、酒もあまりおいしくない。少し控えているのでちょうどいいといえばちょうどいいのだけれど、控えめで貴重なそ…

佐藤泰志のこと。

三日くらい前から、佐藤泰志を読み返している。 周期的に読み返している作家、とつぜん思い出して読みたくなる作家というのがいる。べつにそうと決めているわけではないのだけれど、気がつくと何人かの作家がぼくの傍らにはいつもいる。ぼくは熱心ないわゆる…

本と愚か者。

無性に本が読みたくて、読みたくて、読みたくて、むむむむむ…という時がちょいちょいある。むやみやたらに読みたいからといって、むやみやたらになんでもいいというわけでもなく、溢れかえる本の前であれでもないこれでもないとチマナコになって悪戦苦闘した…

何気ない大事。

今月は本当によく庄野潤三を読んだ。先日もこのブログに書いたのだけれど、この人の書く小説は読むだけでほっこりと仕合せなキモチになれる作品ばかりなので、今月は特にそういうものを心が欲していたということだろうか。頭で考えてみる限りではよく分から…

庄野潤三という仕合わせ。

仕合わせは人に見せびらかすものではない。だけど人と共有することで増幅する仕合わせというのもあったりする。そこのところがとっても難しいのだけれど、他人と共有しようと思った仕合わせが逆に不快感を与えてしまうこともあって、空気を読み違えると時に…

言葉のもつ意味とチカラ。

人の目をとおして新たな発見をする。 本を読んでいると、思いもよらないような視点と洞察力にハッとさせられることが多々ある。たとえば写真家で作家の星野博美さんの本を読んでいると、一篇ごとにうちのめされてしまう。そんなところに着目して、しかもそん…

蟲文庫さんのこと。

ぼくは「本の本」が好きでよく読むのだけれど、とりわけ「古本の本」が好きで、出ればすぐに買ってくる。それはどんな内容の本なのかといえば、古本屋を開業するまでのエピソードやその後の苦労ばなしだったり、または三度の飯より古本が好きだという「古本…

しんどさの向こう側。

お腹の風邪をひいた、きのう。 それはそれは辛かったのだけれど、病院の薬を飲んだら半日ほどで好くなった。 さて、残された半日をどう過ごすか…もちろん読書に決まっている。 日中から堂々と蒲団に入って読書をするというのは、キモチの置きどころを探すの…

今年よかった本を選ぶ。

「ブックカフェのある街」前野久美子 編著(仙台文庫)「珈琲とエクレアと詩人」橋口幸子 著(港の人)「本と怠け者」荻原魚雷 著(ちくま文庫)「星を撒いた街」上林暁 著/山本善行 撰(夏葉社)「根津権現裏」藤澤清造 著(新潮文庫)「そこのみにて光輝…

悩むということ。

何を信じたらよいのか分らなくなるようなことがあり、ここのところ少し落ち込んでいた。いや、今もまだその渦中にぼんやりといるのだけれど、ナントカカントカ毎日をそれなりに送っている。 今年もあと7週間弱で終わってしまうが、だからといって自分の中の…

キノモチヨウ。

ついこの間ラジオを聴いていたら、随筆家の山川静夫さんがこんなことを言っていた。 「余生という言葉があるが、最初から最後まで大切な自分の人生なのだから、余った人生を生きるというようなこんな言葉を遣うのはヨセイ!」ウトウトしながら聴いていたので…

むかえ酒。

前日に仲間と呑みすぎた。草野球の大会があるというのに宿酔で朝から気分が悪かった。 このままでは野球なんてとてもじゃないけどできそうにないので、山口瞳にならって朝からビールを少しだけ呑みホロ酔い気分で球場へ迎った。 《宿酔をなおすには迎え酒を…

おかげさま。

古書信天翁さんで買ってきた『四月と十月文庫「ホロホロチョウのよる」/ミロコマチコ 著(港の人)』を電車の中で読みはじめたら、グイグイと引き込まれてあっという間に読み終えてしまった。いい意味で期待を裏切られるステキなエッセイ(画文集)だった。…

好きなものは好き。

敬愛する書き手について話をしていたら、なんでそんなに好きなのかと訊かれた。なんで?好きなものは好きなわけだし、なんでっていわれてもなあ。でも、なんでだろう…。 たいていのイヤなことや辛いことは、ビーチガラスのように時間と共に磨かれて丸くなる…

曇天の日も古本散歩。

降りそうで降らなかったので、近所の古本屋まで散歩に出かけた。これまでの経験上、こういう日は掘出し物に出逢うことが多い。さて、お店は開いているだろうか。 表の均一台が見えなかったので一瞬ギクリとしたが、こんな天気なので店の中に入れてあるだけだ…

漫画本と青い春。

あんなに胸を高鳴らせた大好きな漫画本、最近はあまり手に取らなくなった。 大人ぶって「漫画なんてバカバカしくって…」といっているわけではない。ただ、手に取る機会が著しく減ってしまったのだ。漫画雑誌をちょっとパラパラしてみても、ワクワクするよう…

眠れぬ夜に。

痛み止めの薬を飲み忘れ、深い夜に傷が疼いて目が覚めた。 冷たい水を汲んできて、薬と一緒に一息で飲みほす。 だめだ。目が冴えてしまった。 さて、眠れぬ夜をどう過ごそうか。 どこまでも深く永く続くような、そんな夜。 夜がゆっくりと聴こえてくる。 森…

まんなかに、ふるほん。

ぼくが古本にどっぷりとハマるきっかけになったのは、大好きな出久根達郎さんの影響に因るところが大きい。それについては以前にもこのブログで書いたのだけれど、それからの古本道においても出久根さんのように背中を押してくれる人(道先案内人)というの…

チマチマ人生。

書く手が進まない。いや、読むことも、聴くことも、きびきびと仕事をするためのココロのスペースにゆとりがないため、思うように進めることができない。 うまくいえないが、歯車の合わない時というのは、兎角とことん合わない。 合わないものだから合わせよ…

縁のこと。

縁というのは不思議なもので、出会うべくして出会う人であっても、その予感はほとんどない。ぼくの場合、いつだってそれは突然にやってくる。深い付き合いをしている人との出会いを振り返ってみると、会った瞬間に共鳴することもあれば、意外にも最初の印象…

心に降る雪。

心にも雪は降る。 白い雪片が視界を悪くし、体温を下げる。 それは惑いによって生みだされる幻覚かなにかなのかもしれない。 野呂邦暢の『狙撃手(「海辺の広い庭」昭和48年 文藝春秋社)』という小品を読むと、最後の場面でこの雪が降る。いや、ぼくが勝…

本のはし。

出久根さんの著書『仕合せまんまる(1999年 中央公論新社)』を読んでいたら、「虫とぬし」というエッセイに当たり思わず顔が綻びた。 本の虫とは、とにかく本が好きで片時も本を手放さずに読み耽っている人のことであろう。もう一方の本のぬしとは、恐…

居場所。

居場所というのはとても大切で、あるかないかで人の生き様は大きく変わる。 生きとし生けるものは、居場所を求める。 確かな手応えとして居場所を感じることができなければ、生きていることに絶望すら覚えることがある。 最後の最期まで、人は居場所を求める…

ひねもすのたりのたりかな。

ぼーっとしながら暢気にふらりふらりと古本屋さんへ行く。 均一台に気になる本があり、何気なく手にとってパラパラとめくる。 おもしろい言葉を見つけ、そのまま少し読んでみる。 そのまま置いては帰れない。 よし、買おう。 ぼくは、そんなふうな散歩をよく…

行きつけ。

独り者の頃は行きつけの店を持っていたが、家族ができてからというもの、すっかり「行きつけ」とは縁遠くなってしまった。ぼくの場合、基本的に家が一番好きで、一番ほっと心の休まるところだったりするのだが、男たるものやっぱり「行きつけ」の一つや二つ…

食べちゃいたいような本。

「食べちゃいたいような小説がある」と云ったのは、小説家の田辺聖子である。このキモチはホントによく分かる。好きで好きで、いとおしくて、抱きしめて寝て、それでもまだ足らないから食べちゃいたい小説というのは確かにある。ぼくの場合、文字どおり本当…

漂着する場所。

《わたしは一度だけ自分に空想を許しました。木の枝ではためいているビニールシートと、柵という海岸線に打ち上げられているごみのことを考えました。半ば目を閉じ、この場所こそ、子供の頃から失いつづけてきたすべてのものの打ち上げられる場所、と想像し…

父親。

うちには子どもが三人いる。 どの子も同じくらいかわいくて、大切な存在だ。 池澤夏樹さんの言葉を借りれば、子どもというのは「授かりもの」ではなく「預かりもの」であり、ある時期が来るまで大切にお預かりをして、世に返さなくてはならない存在。一人前…

読書のチカラ。

読書というのは、その日の気分で「読みたいもの」が変わる。前日の夜に仕込んでおいた本も、翌朝になると「いや、これは今日の気分にはミスマッチだな」ということがある。たとえ時間がなくとも、本の山の前にどっかと腰を下ろして、しっかりと読むべき本を…

野。

最近、なんだかよく独り言を言うようになったような気がする。 自分で思うだけならいいのだが、人から「独り言が増えたよね」などと言われるのは、「お前も年を取ったよな」といわれているような気がして甚だ面白くない。それにしても、独り言が増えるという…

空中楼閣。

ぼくは平生ぼんやりとしている。ぼんやりとしながらも実はいろいろと考えているのだが、その考えていることの大半がどうでもよいことばかりなので、結句なんの役にも立たない。昨晩もぼんやりと天井を眺めながら、地震のことや古本のことなどを考えていた。…

佐野洋子さんのこと。

僕は佐野洋子さんが好きだ。好きだといっても会ったことはない。会ったこともないのに好きだというのも変だ。だから会いたい。でも、もう会えない。永遠に会えない。せんない。佐野さんの書くものは、ひとをそういう気持ちにさせるだけの何かがある。 佐野さ…

本と読書が好きな理由。

こどもの頃、とくに読書が大好きな「本の蟲」ではなかった。でも、『本』は大好きだった。 ごく小さな小石に躓いて転ぶくらいに幼かった頃、うちにあった函入りの「ドラキュラの本」に僕は魅了された。ちょくちょく引っ張り出しては、見てはいけないものを見…

出久根さんのこと。

僕が強く「古本」を意識するようになったのは、出久根さんの本を読んだことが大きい。ほとんどの作品を読んでいると思うし、自分にとって大切な作品も多い。中でも、やはり一番最初に読んだということもあって「漱石を売る/出久根達郎 著(文藝春秋)」に特…

「レンブラントの帽子」のこと。

これは、あいおい文庫で発行していた「あいおい文庫通信」(ホームページにも)に載せていた「レンブラントの帽子/バーナード・マラマッド 著」の紹介文。夏葉社さんがこの本を出してくれたことで、僕はマラマッドの小説を初めて知り、そして手に取って読む…