ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

松井秀喜さんのこと。

松井さんの悪口を言ったり、彼のことを嫌いだという人とは、おそらく友だちになれないとおもう。もちろん会ったことも、話したこともないのだけれど、それでもそう言わしめる何かが、この人にはある。 お手本となるような生き方をしている人、尊敬できる人、…

ここんとこ読んだ本(三)。

ここんとこ読んだ本で、こころにおちた本シリーズ。 「想像ラジオ」いとうせいこう 著(2013年 河出書房新社) 「長く働いてきた人の言葉」北尾トロ 著(2013年 飛鳥新社) 「眺めのいい人」伊集院静 著(2013年 文藝春秋) 「独学でよかった」佐藤忠男 著(…

ゴールデンウィーク。

今年のゴールデンウィークは二日間だけ休んだ。 どこへ行ったのかといえば、どこへも行っていない。 草野球をして、バーベキューをして、酒を呑んで、本を読んで、音楽を聴いて、映画を観て、ゴロゴロした。いつもと大してかわらない生活範囲で、大してかわ…

プロの仕事。

ぼくの職場には、よく研修生さんたちがくる。研修を終えた彼らの反省会をするとき、ぼくは必ず「プロとアマの違い」について訊ねてみる。人によって「プロ」についての捉え方はまちまちだけれど、その答えの多くをまとめてみると大体こんなふうになる。「要…

夕方の三十分。

うちの子どもたち、上から2年生、1年生、2歳半になる。このくらいになると、だいぶん生意気なことをいう。そろいもそろって生意気なことをいう。あんまり生意気なので、生意気いうなと叱る。歯向かってはくるものの、けっきょく大泣きすることになる。そ…

スモーキー・マウンテン。

子どもに何かを伝えるというのはとても難しい。十分に気をつけていないと、親の価値観によって事実が歪曲して伝わったり、ものの見方が偏って伝わってしまうということもあるだろう。たとえば、それがよいことなのか悪いことなのかよくわからないのだけれど…

救いのない物語。

夜を徹して本を読んだ。ほんとうに久しぶりのこと。眠れない夜に読んだり、彼は誰時に目覚めて読んだり、そうして迎えざるを得ない夜に読むことはあるけれど、ページを繰る手が止まらない夜というのはここのところずっとなかった。明日があるから、そんなふ…

棚に色をつける。

あいおい文庫の棚に、少しずつ色をつけはじめた。といっても棚にペンキを塗っているわけではなく、あいおい文庫らしい棚をつくるために、本を選んで並べ方を変えることにしたのだ。仕事の合間を縫ってのひとり仕事なので、ほんとうに少しずつなのだけれど、…

野球観戦。

きのう、数ヶ月ぶりに神宮球場までナイターを観に行った。 球場に足を運べば何かが変わるようなそんな期待も込めていったのだけれど、結果的には何も変わっていないし、何かを得たという実感もない。けれども、球場で野球を観るというのはやっぱりいいものだ…

イップス。

イップスという言葉を、ついさっきネットで知った。これは精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、筋肉や神経細胞、脳細胞にまで影響を及ぼす運動障害のことをいうらしい。集中すべき場面でプレッシャーにより極度な緊張が生じ、普段なら何も…

ライスカレー。

昨日がカレーだったので、きっと今晩もカレーライスだ。もしくはカレーうどん。わが家ではカレーはつづくものと相場が決まっている。他のメニューであれば文句を云いたくなるところだけれど、カレーなら許せてしまう。そして決まって二日目のカレーのほうが…

ファスナー。

ミスチルの歌にもあるけれど、ウルトラマンのそれのように、ひとの背中にはファスナーが付いていて、どこか奥のほうで見たり感じたりしているもう一人の自分がいるんじゃないかと、ずっとおもっていた。 子どものころ、情意作用というのは自分とそのなかに住…

婆さん子。

おとついの息子の入学式をきっかけに、子どもの成長のことなどをあれこれ考えていたら、ふと川崎長太郎の随筆を思い出し、心の隅っこのほうに引っかかっていた一文がどこかにあったはずだと探しはじめた。それがなんだったのか思い出せないまま盲滅法に探し…

節目のだいじ。

今日は長男の入学式。いまだに寝小便はたれるし、すぐにグズグズ泣くし、甘えん坊だしで、年がら年中お小言をもらっている彼も、もう一年生である。 子をもつようになると、こういった節目節目が妙にうれしい。自分の時はめんどうだとしかおもったことがなか…

生活のたしなみ。

性格は顔に出る、生活は体型に出る、本音は仕草に出る、感情は声に出る、センスは服に出る、美意識は爪に出る、清潔感は髪に出る、落ち着きのなさは足に出る。 だれが考えたのだか知らないけれど、これは言い得て妙だなあとおもう。ふと気をゆるめた隙に、内…

心の鍛え方。

たいてい週末は家族と一緒に近所のスーパーマーケットへ行く。ここには大きめの書店が入っているので、買い物の前か後にはそこで本を立ち読みすることが多い、というかそのために行くようなところもある。今日もそこで気になる本を見つけ、しばし時間を忘れ…

生活の展開。

数ヶ月前、近所のブックオフで「小林秀雄全作品1 様々なる意匠」を見つけ、行くたびに買おうかどうかと迷っていたのだけれど、没後三十年特集などを読んでいたら無性に欲しくなってきた。さて、いざ買おうと決心してお店に行ってみると、いつもあったはずの…

リディア・デイヴィスを読む。

興味さえあれば古い新しいにかかわらずどんな本でも買って読むのだけれど、小説に関しては古本で買うことのほうが多い。それは古本でしか買うことのできない本であったり、その時代のよさを感じられるような本が欲しかったりするからなのだけれど、あまり最…

絶不調な一日と映画。

好不調の波みたいなものがあるのだとすれば、最近は絶不調であるような気がする。体調のことではなく、また特別なにがどうこうというわけでもなく、全体的になんとなく低調気味といった感じ。どちらかというと、年が明けてから心機一転いい調子だっただけに…

ペソアの詩集。

ここ一週間ほどひどく体調がわるく、本を読むことさえもままならないような日が二日ほど続いた。病院に行っていくつかのつらい検査をしてきたのだけれど、とりあえず大事に至るようなことはないらしく、安堵した。どうなったっていいようなものだけれど、子…

物語のこと。

友人が最愛の奥さんを失くした。亡くなった奥さんは、ぼくの友人でもあった。子どももまだ小さく、これからというときなのに、彼女は憎き病魔に冒されこの世を去った。なんでわたしが、といって泣き崩れる彼女を支える友人もまた、よりによってなんでうちが…

シャッターチャンス。

ここのところ、写真を撮ることに凝っている。 ファインダー越しに世界を覗くと、すべてのことは過去になっていくものなのだと、リアルに感じることができる。さっきまでここにあったはずの現在(いま)はもうどこにもなくて、まるで車窓から眺める景色のよう…

読み書きのこと。(三)

狂ったように古本ばかりを買い漁っていた時期があったけれど、ここのところはそれもずいぶんと落ち着いてきた。狂ったように、というのは文字通り狂っているとしか思えないような行動のことを意味し、ここに書くことも憚られるくらい古本屋に通いつめていた…

読み書きのこと。(二)

ぼくは「話す」ということが苦手だ。誰かにこれを伝えたい、と思うことは多々あるのだけれど、それを話して伝えるとなるとたちまち萎んでしまう。 話すことで言葉を放してしまうと、放された言葉たちがカタチにならずに空中を彷徨っているイメージが頭に浮か…

読み書きのこと。

このブログを書きはじめて、ちょうど2年になる。 何事においても飽きっぽいはずの自分が2年間もこうして続けられているというのは、やっぱり好きだからなのだろうとおもう。読むこと、書くこと、それらが目に見えるカタチでたまっていくということが。読み…

一日の長さ。

ここのところ、一日がひどく長く感じられる。 ついこのあいだまでは一日があっというまに終わってしまい、ひどく短く感じられていたのに。といっても、時間の流れが遅遅として進まないから退屈している、というわけではない。たっぷりと時間があるので、仕事…

再会と再生。

一方的な身勝手さで10年以上連絡をとっていなかった親友と再会した。 そのきっかけは途轍もなく切ないものだったのだけれど、しかしそうでなければ再会はなかったかもしれないとも思い、筆紙に尽くし難い複雑な心もちになる。 正直なところ、10年という…

じかんのはなし。

雪雲に覆われた暗澹たる思いに雪は降り積もり、追い討ちをかけるかの如く白銀の煌めきと静寂が世界を奪う。そんな数年ぶりの大雪に、ひねもすのたりと本が読みたくなった。きっと本が好きなひとにならわかってもらえるとおもうのだけれど、しんしんと降り積…

本と別れる時のマナー。

まだ正月気分がぬけきらず、どこか気持ちが浮ついている。昔から場面のスイッチをするのがヘタクソで、そのせいか周囲からとりのこされてしまうことがしばしばあった。それでも子どもの頃はまだよかったのだけれど、社会人となった今はいつまでもそんなこと…

セルフコントロール。

今年の正月は、ひたすらダラケた。まあ、毎年といえば毎年なのだけれど、朝から呑んで、食べて、映画をみて、本を読んで、音楽を聴いた。子どもたちは犬のように外を駆け回り、ぼくと連れ合いは猫のようにコタツでまるくなっていた。 正月の読書は、スポーツ…

成長。

年の瀬の雰囲気をなんとなく感じはじめたかとおもえば、あと一日で今年ももう終わりだそうです。気がつけば、あっというまの一年でした。 今年もたくさんの仲間たちに支えられて元気をいただき、たくさんの本たちから知恵と勇気をもらい、お蔭様でなんとかぼ…

冬と本の科学反応。

ついこのあいだ買ったばかりの、「冬」と「本」という二つのキーワードからなるアンソロジー『冬の本』(2012年 夏葉社)が想像以上によかった。一度読み終えてからも身近なところに置き、パラパラと頁をめくっては無作為にひらいたところを再読している。お…

想像力について。

ここのところ、想像する、ということについてよく考える。 小さい頃、あれこれ想像してみることが大好きで、ひとり想像の世界に遊んでいた。想像することは自由だし、その世界における可能性は無限大にある。現実と可能性が世界の内にあるのか外にあるのかな…

旅のツヅキ。

京都のdecoさんから、『DECO・CHAT vol.2 旅のツヅキ』(2012年 deco社)が届いた。本と旅を愛するひとのためのリトルプレス。 届いたフウトウはすぐに開けずに両手で持って、中に入っている本を思い描き、まずはドキドキに身をゆだねる。そのままフウトウに…

志賀直哉と一疋の蜂。

仕事の関係で、死をテーマにした話を人前ですることがある。 つい先ごろにもそんな話をする機会があって、その参考資料として志賀直哉の「城の崎にて」の一部を引用した。正宗白鳥や高見順の書いたものにもとてもいい一節があるのだけれど、ぼくにとって死を…

本の皮むき。

ついこのあいだの話。 皮むいてから読むの、といって娘は本のカバーを次々に外し、片っぱしから本をまるはだかにする。購入した本の表紙に書店がかけてくれるカバーのことを書皮と呼ぶのだから、皮をむくという表現もあながち間違いではないのだろうけれど、…

古本と金沢。

一泊二日の出張で、金沢に行ってきた。前日入りしての旅なので、夕方からの吞み会までたっぷり半日はフリーな時間がある。せっかく金沢に行くなら、これはあそこに行くしかない。金沢といえば、あそこ。一人ひそやかに笑いながら、旅のおとも本をえらぶ。さ…

夢の共演。

年末が近づくと、「夢の共演」と銘打ったテレビ番組が多くなる、ような気がする。其処彼処に転がっているような共演ではなく、夢の共演。普段はあまりテレビを見ないぼくでさえも、夢の共演という言葉には胸が躍る。ぜったいに見たいし、ぜったいに聴きたい…

冬がキライなわけ。

冬はキライだ。ろくなことがない。 読書の秋とか食欲の秋とかいうけれど、秋から冬にかわったばかりのこの時期も、まだまだ身体は書物と食物を欲している。読んでも、読んでも、読みたりない。がしがし読んでも読みたりない。ちゃんと食べているのに、ちゃん…

オリーヴ・キタリッジの生活。

なんどいっても子どもがおもちゃを片付けずイライラする。チームワークを無視し続ける仲間に失望する。何食わぬ顔で割り込み乗車をする中年女。ちいさなつまずき、些細な言動、たっぷり寝たはずなのに疲れがとれない。そんなときに子どもがくれる、「パパす…

島へ免許を取りに行く。

ぼくは彼女のことを、心の中でこっそり「視角のひと」と呼んでいる。 その卓越した視角に烈しく身を焦がし、ときに烈しく嫉妬する。キモチを切り替えたいときや、迷子になりそうなとき、ぼくは彼女の烈しい視角を頼りに自分を取り戻そうとしている。 視角の…

井伏鱒二の鯉。

なんだかしらないけれど、ちょくちょく微熱がでてしんどい。 むりをしているわけでもないし、睡眠時間もたっぷりとっている。それなのに、やっとよくなったかとおもうとまた微熱がでる。こういう季節の変わり目というのは、なかなかキモチとカラダが伴ってこ…

荒地の恋。

「荒地の恋/ねじめ正一 著(2007年 文藝春秋)」という、詩人の評伝のような味わいのフシギな小説を読んだ。中央公論文芸賞を受賞しているこの作品、文学好きなひとの間でも当時からずいぶんと話題になっていた。買いそびれたまま数年が過ぎ、2年くらい前…

吉行淳之介と喉仏。

仕事柄、ひとの死に目、つまりは生と死の境目に会うことが多い。 ベッドに横たわる老人の傍らに立ち、目を瞑ったまま不規則な呼吸をくり返すその姿を、ただ見つめる。微かにうごく喉仏と、ほんの僅かに上下する布団を、ただ見つめる。 《文字どおり骨と皮だ…

切断力。

仕事にしても遊びにしても、グループで一つことをするというのはムズカシイ。みんなで同じ一つの方向にむかってすすんでいるつもりでも、目指すカタチやそれぞれのオモワクが違っていたりすると、グループは惰性的で緩慢な流れになるか、歯車のズレた険悪な…

コロッケ。

なにもない道 とぼとぼ歩いていたら なんでもいいから買いたくなって ちかくの肉屋でコロッケをひとつ またとぼとぼ歩きながら コロッケの入った袋を鼻に寄せる うん、肉屋のコロッケの匂い そんなに食べたいわけじゃなかったけれど せっかくなので、がぶり…

藤枝静男のひたむきさ。

連れ合いが少し体調を崩したので、手間のかかる料理をのんびりと作りながら、藤枝静男の随筆をいくつか読んで静かに暮らした。 《私はその日に買った道具屋で気に入った朝鮮民画の花鳥を持ってたずねた。「つまらないね」といわれるかも知れないが、しかし案…

つきあい。

まいにち本を読んで暮らしていると、読了後のよろこびよりも、たった一行に出合えたよろこびに舞い上がることのほうが多くなってくる。こうした、たった一行、たった一言のためだけに買ったのだとおもえるような文章(書き手)に出合えるというのは、そう度…

気乗り。

文章を書くのにも、本を読むのにも、ここのところなんとなく億劫で気が乗らない。およそどんなことをするにしてもそうなのだけれど、気乗りがしないと何事もはじまらない。だらだらと時間だけが過ぎていく。たとえ気乗りしないままやりはじめたとしても、た…

夏の終わりに。

幼いころから、自分のための誕生会がキライだった。終わったあとのぽっかりとした淋しさがどうしてもいやだった。さっきまで仕合せの絶頂にあったはずなのに、オジャマシマシタの呪文が唱えられるやいなや突如としてセカイの果てまで弾き飛ばされる。たえら…