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ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

こわい話。

昨日、ものすごく怖い思いをした。心の底から怖かった。しばらくの間、小さく震え続けたくらい怖かった。どんなに怖いかというと…


仕事帰り、いつものように電車に乗った。座席がいっぱいだったので、ぼくは吊り革を掴んで立ったまま本を読みはじめた。
次の停車駅に到着すると、どっと人の波が押し寄せた。ぼくの隣には、女性が立った。そして、いきなり前に座っていた男性に向かってこう言った。

「ちょっと、足、いいですか…」

言われた男性は、言われたことの意味がよく分からなかったようで、首を傾げただけで特になにも行動には移さなかった。斜め前に立つぼくから見ても、特に足を投げ出しているようには見えないし、マナーに反するような座り方ではなかった。しかし、彼女は「ちっ」と舌打ちして露骨に男性の足と足の間に身体をこじ入れた。男性はまたも首を傾げたが、特に何も言わなかった。
彼女は足場を固めると、次に吊り革を二つ使って真横を向いて立つ動作に移った。つまり、隣に立つぼくに顔を向けるような格好になる。車内はものすごく混んでいるので、彼女の顔はぼくの顔にものすごく近くなる。揺れたら触れるくらいに。ぼくは本から目を離さないようにしながら、少しずつ彼女とは反対の方向に顔を向けた。すると、彼女は細くて折れそうな肘をぼくの上腕二頭筋のあたりにグリグリと押し付けてくる。筋肉と筋肉の間に食い込み、とても痛い。必死に逃げようと態勢を変えるのだが、彼女はしつこく肘で追ってくる。仕方がないのでガマンした。
なんの音なのか分からないが、彼女の喉あたりから、ギューッ、ギューッ、という音がする。呻吟のような音がする。彼女もきっと、何かをガマンしているのだろう。そんな音だ。でも正直なところ、聞こえる度に怖さが倍増するのだ。ジーッと見られている痛いくらいの視線を感じながらその音を聞く。逃げ出したかった。
これを読んでいるあなたは、別の場所へ逃げればいいとか、「やめてください」と言えばいいとか思うでしょう?でも、それができないのだ。ものすごく混んでいて動けないこともあるけど、なにより怖くて逆に逃げられない。そういう「電波みたいな力」を彼女が出していたのかもしれない。完全にぼくは萎縮していた。
チラッと見た彼女の印象…青白い顔をした40代くらいの女性。折れそうなくらい細い。髪が長い。小綺麗な格好をしている。そして、眼鏡をかけていた。銀色に光る、彼女の神経を連想させる細くてシャープな眼鏡を。それが精一杯だった。目が合ったら怖すぎるので、それ以上は彼女の方に顔を向けられない。
また次の停車駅に着くと、ぼくの前に座っていた方が席を立った。ラッキー!と思い、ぼくはすぐに座った。彼女の反応は…分からない。一行も進まない読書をし、全く彼女を見ないようにしていたので。攻撃を受けることもなく、平和な時間が訪れた。
また次の停車駅に着いた。すると、ぼくの隣に座っていた男性が席を立った。

「!」

彼女は、ドスンッとぼくの隣に座った。ドスンッ、ドスンッ、ドスンッ、彼女は何回も座り直し、ぼくの方へぶつかってくる。七回くらい繰り返し、ようやく落ち着いた。すると今度は、肘の位置を定めるために何度も細くて折れそうな肘をぼくの上腕二頭筋のあたりにグリグリと押し付けてくる。筋肉と筋肉の間に食い込み、とても痛い。必死に逃げようと態勢を変えるのだが、彼女はしつこく肘で追ってくる。仕方がないので今度もガマンした。
しばらくガマンすると、肘の位置が定まったのか彼女は落ち着きを取り戻し、グリグリを止めてくれた。相変わらずぼくをジーッと見ているようで、視線を感じる。その証拠に、ぼくが目を閉じると彼女はグリグリをはじめるのだ。目を開けると止める。集中できず、まったく進まない読書をする以外にどうしようもなかった。五分おきに、ドスンッ、ドスンッ…。


約一時間三十分、そんな恐怖を全身に受けながら、ぼくは目的の駅に到着した。もちろん彼女は最後まで一緒だった。やっとこれで開放される…「どうか彼女がついてきませんように」と願いながら席を立とうとした、その刹那!耳元で彼女が囁いた。


「…怖いの?」


全身の毛穴という毛穴から体液が噴き出しそうなくらいに怖かった。ぼくは一目散に周囲の人間を掻き分け押し退け車外に脱出した。彼女はどんな表情で囁いたのだろう?想像するだに恐ろしい。


これは、実話です。