読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

むかえ酒。

前日に仲間と呑みすぎた。草野球の大会があるというのに宿酔で朝から気分が悪かった。
このままでは野球なんてとてもじゃないけどできそうにないので、山口瞳にならって朝からビールを少しだけ呑みホロ酔い気分で球場へ迎った。


《宿酔をなおすには迎え酒を飲む以外に方法がない。絶対にない。(「男性自身 おかしな話」むかえ酒/山口瞳 昭和60年 新潮文庫)》

山口瞳「男性自身」傑作選 熟年篇 (新潮文庫)

山口瞳「男性自身」傑作選 熟年篇 (新潮文庫)

ぼくもそう思う。しかし野球の前ならまだしも、さすがに仕事の前だったら朝から呑んでいくわけにはいかないだろう。著者の友人も同じことをいうのだが、それに対してこう切り返している。


《悪い気分でもって、いやいや講義するよりは、いい心持ちでやったほうが遥かによろしいのではないかと言った。たかがビール一本のことではないかとも言った。(同前)》


数日後、高校教師である友人に非常に感謝されたと書かれている。ってことは、その友人は呑んで授業をしたのだろう。それもまたすごい話だな。いくらなんでもそれはなかなかできない。まあ、仮にやっていたとしても誰が読んでいるのか分からないので、ここに書くわけにはいかないのだけれど。


迎え酒はたしかに効く。さっきまで辛かったのがウソみたいに気分がよくなる。実際、迎え酒をして挑んだ今日の試合でも身体がキビキビとよく動いた。しかし、迎え酒で深酒は絶対にしちゃいけない。それではアル中まっしぐらになってしまう。著者も言っているようにせいぜいビールを一本(350㎖)程度が好ましい。ウソだと思う人は騙されたと思って試してみてほしい。本当によく効くから。


このエッセイの中で、山口瞳は人生における「迎え酒」を展開していく。
幼い頃に可愛がってくれた叔父さんと久方ぶりに将棋を指しているうち、著者は少年時代の思い出の中に戻っていく。高く遠く見えていた叔父さんに三連勝し、おもわず涙しながら「あの頃」を回顧する。叔父さんがすっかり年老いてしまったのか、自身が成長したのか、きっとそのどちらでもあったのだろうけれど、「あの頃」を迎え酒のように思い出すことで少年時代に戻ることができる。ホロ酔い気分で仕合わせな時間を過ごしたことが行間からうかがえて、読んでいるこちらまで仕合わせなホロ酔い気分になってくる。


宿酔の身体で球場へ向かう途中にこのエッセイを思い出し、帰ったら絶対に見つけて再読しようと心に決めていた。試合を終えて球場から戻るとペコペコのお腹もほったらかしにして、しばらく書斎にこもって本の山をひっくり返し積みなおしこの本を発掘した。すぐに読みたい気持ちをぐっと堪え、缶ビールを2本呑んでホロ酔い状態になってからゆっくりと読みはじめた。ひっく…


ビールから焼酎にかわり、明日の宿酔が今から気にかかる。