読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

あいおい文庫の原点。

今回はかなり長くなるし、ちょっとカタクルシイハナシになってしまうのだけれど、 あいおい文庫としてのぼくのすべてでもあると思うので、よかったら最後までお付き合いください。
 

あいおい文庫の母体である「相生の里」のような入所型社会福祉施設は、公共性に乏しく閉鎖的であるという課題をもう40年以上も引きずっている。2000年の社会福祉基礎構造改革を機に「地域福祉」「施設の社会化」などと云われるようになったが、その課題は今も課題のままである。
その課題を歴史的な背景から見てみると、社会福祉施設には「収容・隔離・保護」という三つの呪いがかかっており、未だその呪縛によって施設の社会化への道は隘路となっている。人は閉ざされると内側を想像する。想像というのはネガティブな方向に走りやすく、それは時に差別や偏見を生むことにもなる。(極端な閉鎖的環境にある社会福祉施設で、実際に起こった胸くその悪くなるような事件というのも数えきれないくらいにあるので、あながち差別や偏見だけとは言い切れないのだが…)いずれにしても、社会福祉施設の存在を必要としている一方で、このようなネガティブイメージから「施設コンフリクト(施設は必要だけど自分の家の近所はイヤだ!っていうような意味)」が生まれているというのもまた事実なのである。

 
本来、社会福祉施設というのは地域社会の設備であり財産となるべきものである。社会福祉施設とは「地域社会で生活する人が利用するための社会資源」であり、「施設を利用するということ=地域社会で生活をする」という双方向に等しい意味でなくてはならない。しかし、実際には社会福祉施設が地域と隔絶された存在であるため、施設で暮らしている利用者も一緒に地域社会から離れた存在となっているのである。これでは本末転倒も甚だしい。
 かと言って、単にネガティブイメージだけをコントロールしようというのであれば、それは本当の意味での地域福祉とは呼べないし、またそこには何も生まれないだろう。地域社会の中で積極的に役割を担い、地域社会を一緒に再構築していく存在とならなくては何も変わらないのである。そうでなければネガティブイメージだって払拭できないと思う。積極的に地域社会の役割を担うと云っても、それをどう展開し、どう動けばよいのかというと、実際にはかなり難しい。これまでのような福祉的なアプローチだけではなかなか地域住民の協力や参加を得ることは難しいし、関係者以外の人の流れも自然にできるような方法でなくては根っこのところで意味がないとぼくは思う。

 
前置きが長くなってしまったが…
縁あって勤めさせていただいている相生の里で地域福祉を展開していくために、ちっぽけなぼくにもできることとはなんだろうかとずっと考えていた。ぼくの持っている手札だけでは大したことなどできそうにもない。何かやるにしても自分の好きなことじゃないと続かないだろうし、そもそもやる気になれないだろう。うつむいたままそんなことをぼんやりと考え、ふと顔を上げると目の前には地域住民にもらった一箱の寄贈本。そこでハッと思いついたのが図書室作り…そんなきっかけと、そこからの「あいおい文庫誕生」については以前にも書いたとおりである。
運と出逢いと思いつきと遊び心とちょっぴりの情熱があれば、たぶんチャンスって生まれるものなんだと思う。それがチャンスだってことに気づけるかどうかもひょっとしたら運なのかもしれない。なにもしなければ、もちろんなにも生まれない。生まれても育てないと育たない。ぼくが一番に育てていきたいのは、「あいおい文庫」であり「相生の里」であり「地域」なのだけれど、今はまだ種からようやく芽が出ようと土の表面を押し上げているくらいの段階であり、ぶっちゃけたところ、まだスタートラインに立てたかどうかもよく分からないという有り様である。同じ佃島にあっても、まだ相生の里が何をやっているところなのか知らない人は多い。いや、もっといえば「あそこの建物ってなに?」  というレベルなのだ。まだまだ先は長い。
たとえば、ぼくが「やーめた!」 と言ったら、あいおいブックラボはなくなるだろう。それは、ぼくがスゴイ人だからということではない。ブックラボ自体は最初からぼくなんていなくっても全然かまわないのだけれど、あいおいブックラボは確実に機能しなくなるだろう。もっといえば、地域と一緒につくりはじめたイベントや協力してくださる方たちとの繋がりも切れてしまうだろう。ぼくがスゴイから?いや、違う。その程度のものだからなのだ。本当の意味で必要とする位置まで押し上げることができていないのだ。ぼくがいなくなったらお終いの企画なんて最初からあってないようなものだし、そこに大した意味などない。なくてはならない人になんてなりたくない。それよりも、なくてはならないポジションをつくりたい。ずっと引き継がれるポジションを。センチメンタルな話しではなく、今はまだ誰もが納得するような確固たるポジションとすることができていないし、そう思わせるだけの働きがぼくにはまだできていない。だから、カッコよくいえば一匹狼のままだ。ずっと応援してくれたよき理解者がいたのだけれど、その人も今年いっぱいで去ることになり、いよいよ一人になった。もう終わりかな…とも思った。だけど、それでは本当に無意味な三年間になってしまう。その人の想いも無にしてしまう。そんなことはしたくない。

 
あいおい文庫の活動だけが地域との接点であるとはもちろん思っていない。 地域のニーズに合った、相生の里として応えられるサービスはまだまだある。施設利用者に、ここで最期を迎えられてよかったと思っていただけるような相生の里にしたい。地域に生きてきた住民が、最期の時をやはり地域で迎えられるようなお手伝いがしたい。相生の里が本当の意味で地域の中にあり、ここで暮らすことが地域の中で暮らすことを意味するような社会福祉施設であってほしい。
ぼくのやっていることは、とんでもなく遠回りなことなのかもしれないけれど、ぼくは「あいおい文庫」を心から愛しているし、こんなふうにしかできないし、あいおい文庫を通してたくさんの人の笑顔が生まれたらいいなと心から願っている。だから、もうちょっとガンバってみようと思う。