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ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

古本と初恋とルーツ。

去年の大晦日に父から「曾祖父が古本屋の店主であった」という話を聞かされた。
これにはかなり驚いた。自分がこんなに本好きで、古本が大好きで、ちょっと常軌を逸しているくらいにのめりこんでいることに納得がいった。というか、連れ合いや友人に対するもっともらしい言い訳ができた。いや、それよりも、そんな家系に正直心がふるえた。もちろん嬉しくて。
いつ、どこで、どんなふうに…?
知りたくて知りたくて仕方がない。
父も最近になってからこの事実を知ったらしく、それ以上の詳しいことは知らないという。あんまり興味もないみたいだし。
そこでぼくは曾祖父の娘である、おばちゃんからこのことを聞いてみることにした。


ぼくは月に一度は必ず、おばあちゃんのところへ本を届けている。おばあちゃんは堰を切ったようにものすごいペースで本を読むので、一回に数十冊くらいずつ届けるようにしている。おばあちゃんのこんなに本を読んでいる姿をぼくは見たことがなかったし、本が好きだってことすら知らなかった。
おばあちゃん子だったぼくは、二人だけの秘密もずいぶんと共有しているくらいになんでも話し合ってきた。にもかかわらず、本が好き、文学が好き、曾祖父が古本屋を営んでいた、なんて話はまったく聞いたことがなかった。寝耳に水。家族であっても、近しい人であっても、世の中には知らないことなんて星の数ほどあるのだとしみじみ思った。


おばあちゃんはジャンルなどお構いなしになんでもどんどん読むので、シブめの私小説、ライトバース、本の本、時代小説、長嶋茂雄の本など、なんでもかんでも持っていく。持っていったものは食わず嫌いせずにぜんぶ読む。
そんなおばあちゃんから、今日はじめてリクエストがあった。しかもその本とは、ブロンテの「嵐が丘」とジッドの「狭き門」の二冊。ジッド!なんでジッドなの?おばあちゃんがこの本を再読したい理由にまたびっくり。
「初恋の人から頂いて読んだのよ」
ジッドの狭き門を贈った彼もすごいけど、今も忘れずにこの本を心にしまっていたおばあちゃんもすごい。グッときた。この本を読んだことのある人なら分るだろうけれど、初恋の彼はおばあちゃんのことがかなり好きだったんだろうなあ。この本を通して伝えたかった想いが、ぼくにはよく分るなあ。
これはなんとしても届けないと!できれば、この本は新刊よりも古本のほうがいい。その頃の思い出も一緒に届けてくれるような「古本」が絶対にいい。ぼくは勝手に心に誓った。

狭き門 (新潮文庫)

狭き門 (新潮文庫)

さて、肝心な「古本者のルーツ」についての話だけれど、おばあちゃんはまだ小さくて、古本屋さんのことはよく憶えていないらしい…。店先に均一台があったこと、大学生がよく万引きをして曾祖父が困っていたことが印象に残っているだけ。でも、お店の場所はかなりはっきりしていて、横須賀市中里(今は町名が「上町」にかわっていて、中里商店街として残っている)にあって、今から75年くらい前にたった5年ほど開けていたらしい。曾祖父は胸を病んでいたらしく、店を開いてから僅か5年で亡くなってしまったのだ。
お店の名前も分らないし開店期間も短いので、古地図やネットで探しても見つからなかった。まったくヒットしない。誰か憶えている人いないかなあ…。もし知っている人がいたら、ぜひ一杯おごらせてもらいたいなあ。ゆっくりと一晩かけて、耳と盃を傾けてみたい。