読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

一病息災。

先日、職場で受けた定期健康診断の結果が返ってきた。赤字の数値が目立つ健康診断書の中の「総評」という欄を見て、おもわず椅子から転げ落ちそうになった。AからFまでの6段階評価で「E」とある。Eというのはどういう意味だろう?なんのメタファー?などとクダラナイことをひとりぶつぶつ云いながら、ヒッカカッテイル項目と赤字の数値を照らし合わせて凝視する。ナルホド。早い話しが「君はお酒を呑みすぎです。このままでは死んでしまいますよ。仮に助かったとしても今までのような生活はできないでしょうね」ということか。分かりましたよ。控えればいいんでしょ。でも、一病息災といってね、ちょっとした病気を一つくらいもっている人の方が身体を気遣うので、無病な人よりもかえって長生きするらしいですよ…ぶつぶつ…。その日のぼくは、誰にともなくぶつぶつと怪しくつぶやき続けたのであった。

《病気と云ふものは、あの世へ行く道筋であり、或は近道でもある。無病息災の人人はその道に踏み迷ひ、そつちへは行かないのか知らと考へてゐる内に有病の君子と同じ方へ動いてゐる事に変りはない。どうせいやな所へ同じ様に行きつくものなら、寧ろその道筋だけでも踏み馴らした方がよくはないか。無病息災は字面の上でも重複冗語に見える。一病息災で結構であるからその一病を大切にし、一病の道の果てを目の届く限り眺める様に心掛けたい》(『一病息災』内田百間 著/2003年6月 中公文庫)

百鬼園センセイもそう云っていることだし、病気を大切にしながら(決してしらんぷりして酒を呑み続けるということではなく)のらりくらり生きていこうと思ったのだけれど、家へ帰ってからの連れ合いの反応を見たらとてもそんな戯言をいえる空気ではなくなった。ということで、毎週必ず休肝日を設けることにした。そして数日前から節酒もしている。ちょうど一年くらい前にも同じような努力をし、いいところまでいったものの結句己に負け木阿弥となったため、来年の健康診断を目標にせめて「C」くらいまでにはもっていかれるように努力したい。それに、昨日の夜お会いした荻原魚雷さんも週に二日くらいは休肝日をつくっていると仰られていたし。

少し話は逸れるけれど、昨晩は古本酒場コクテイルさんで、魚雷さんと7時間くらいお酒を酌み交わす機会に恵まれた。なおのこと魚雷さんのことが好きになってしまった。こぢんまりでサッパリでストンとした印象と、注意深く耳をそばだてていないと酒と空中に溶けてなくなってしまいそうな声が魅力的だった。もちろんお話も楽しくて、今そこから発っされた言葉をカタチのままぼくの中へ取り入れようと精一杯キモチを集中させて聴いているうちに、至福の時はあっという間に過ぎ去ってしまった。またしても「あっという間」だ。大切な惜しむべき時間をまた一つ重ねることができた。


《凡そ二十五年間渝るところなく内側から私を励ましてくれたこの持病をこの儘持ち続けて、行く所まで行く事が出来たら私の本懐である》(『一病息災』より)

一病息災 (中公文庫)

一病息災 (中公文庫)