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ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

佐藤泰志のこと。

三日くらい前から、佐藤泰志を読み返している。
周期的に読み返している作家、とつぜん思い出して読みたくなる作家というのがいる。べつにそうと決めているわけではないのだけれど、気がつくと何人かの作家がぼくの傍らにはいつもいる。ぼくは熱心ないわゆる読書家ではないので、好きなジャンルの好きな作家ばかりを偏愛的に読むことが多い。そういう作家の中の一人に佐藤泰志はいる。1949年に北海道函館市出身。國學院大学文学部哲学科への入学を機に上京。卒業後、いくつもの職に就きながら同人誌と文芸誌を行き来しつつ執筆を続け、芥川賞候補に五度、三島賞候補に一度挙がるが受賞ならず。1990年に自ら命を絶つ。享年41歳。この人の本はどれも古書価が高くてなかなか読むことができなかったのだけれど、今ではクレインから2007年10月9日(著者の奥さんの誕生日)に出された「佐藤泰志作品集」で手軽に読むことができる。さらには2010年に「海炭市叙景」が文庫化されたのを皮切りに、合計7冊の文庫本がものすごい勢いで出たため、より手軽に読めるようになった。

佐藤泰志作品集

佐藤泰志作品集

ここ一年半くらいは、そのものすごい勢いで出た文庫本に収められている小説を読み返すことが多かったのだけれど、この三日間は手の届く範囲で「小説ではない佐藤泰志」に触れてみたくなって、エッセイと詩にしぼってくり返し読んだ。脚色された孤独と人には見せられない孤独との中間辺りに位置する宙ぶらりんな苦しい孤独がそこにはあって、この作家の魅力でもある、心の暗闇の部分がより強く感じられる。読んだことを後悔しながら、その実もっと覗いてみたくなる心の暗闇。著者の抱える暗闇は、たぶん誰の心の中にもあるもので、心のどの部分にどんなスポットライトを当てて生きていくのかによって、その深さや濃さに差が生まれてくるのだろうと思う。暗闇の中には苦しさも混じっているけれど、決して悪しき場所ではないし、永遠に巣食って離れないものでもない。それに、暗闇のまったくない場所なんてこの世にはないだろうし、もしそんな場所に居続けることになれば、きっと人は壊れてしまうだろう。必要なのは調整だ。暗闇は光の当て方しだいで調整できる。できるのだけれど、世の中にはどうしてもその調整が苦手な人がいる。著者もどちらかといえば調整の苦手な人であったのかもしれない…。
暗闇によって視界が狭くなるときは、ふとしたことで孤独を感じやすくなる。そして他人の切ない孤独感にも敏感になる。その敏感さは時に諸刃の剣となり、自他を救ったり傷つけたりもする。

≪夜、日課のように小説を書いていた時のことだ。当時同棲していた女性がうしろで何かやっていた。さらさら音がするので振り返ると、彼女はクレヨンで画用紙に絵を描いていた。なにを描いているんだ、といって見せてもらったら、それは僕が机に向かっている背中の絵で、下に、「なぜかいつも背中ばかりなのです」と一言書いてあった。その女性は今も僕と同じ家にいて、三人の子供の母親になっているのだけれども、この絵と言葉はその日以来、忘れたことがないし、今後もそうだろうという気がしている。(『背中ばかりなのです』佐藤泰志 著/「佐藤泰志作品集」2007年10月9日 クレイン)≫

絵の下に書かれていた「なぜかいつも背中ばかりなのです」という一言を目にし、一緒に暮らしているのに孤独を感じさせていたのか、とショックを受ける。彼女が実際に感じていた気持ちの真意は分からないし、短いエッセイの中ではそのときの(その後の)やり取りには触れられていない。そのときのショックはいつしか「仕事とはそういうものなのだ」という気持ちに変わり、小説家の背中にだけ特権らしきものがあってはたまらないという。作家だけではない、タイルを張る職人の背中だって同じではないかと。それでも、やっぱり照らされないままの暗闇には「背中ばかりなのです」が燻ぶり続ける。それはこの一言が気になっているから燻ぶるのではなく、その本人にしか感じられないような、業のようなものに改めて気づかされることで燻ぶりはじめたのだと思う。

≪昨日、〆切りぎりぎりで八十枚の小説を書いたばかりだ。またしても、十年先のことはわからない。わかっているのは、書き終えた途端、家中の緊張がぱっとゆるんだことだ。なぜか。答えは簡単である。僕の「背中」がどこかへ消えてしまったからである。僕自身も「背中」から解放されたからである。(『背中ばかりなのです』)≫

うしろめたい気持ちがあるとき、物事の歯車がうまく噛合わないとき、人は心に暗闇をつくりやすい。スポットライトが固定されている限り、同じ場所に暗闇はいつまででも留まりつづける。そんなとき人は、ライトの当たる位置をせめて1ミリだけでも動かし、暗闇の中にある苦しさから少しでも逃れようとする。著者がこのエッセイを書いたのは40歳のとき。ここで回想しているのは24歳のときである。この16年の間に著者は精神のバランスを崩して入院もしている。幾度となくライトの位置を変え、微調整を行ってきたのだろうが、このエッセイを書いた翌年には自ら命を絶っている。本当に「背中」は消え去り、「背中」から解放されていたのだろうか…。

後半の文章を読むと、調整の利かないライトを持て余し、ひどく混乱しているようにみえてせんない。著者は「十年先のことなどわからない」と繰り返し云う。それはぼくだって一緒だ。だけど、ひょっとしたら著者には明日も、いや、今日のことだってよく分かっていなかったのではないかと気にかかる。佐藤泰志という作家の心の暗闇が、ずっと気になってぼくの深いところから離れなくなっている。