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ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

ここんとこ読んだ本。

ここんとこ読んだ本で、心におちた本シリーズ(ってことは続くのかな?)

「貧の達人」東峰夫 著(2004年 たま出版)
「心の小筥」直井潔 著(1982年 神戸新聞出版センター)
「悲しきカフェ」河原晉也 著(1988年 沖積舎
「ばれてもともと」色川武大 著(1989年 文藝春秋
「昔日の客」関口良雄 著(2010年 夏葉社)
「散歩道から」庄野潤三 著(1995年 講談社

なんのことはない。心におちたのは「散歩道から」を除いてぜんぶ再読した本ばかり。再読も再読、くりかえし何遍も読むくらいに好きなのだから、心におちていてトーゼンなのである。ここんところは少し読める量が増えてきたので、他にもずいぶんと読んだ。読むには読んだのだけれど、その大半はたぶんもう二度と手に取ることもないんだろうな…とおもう。ぶっちゃけ途中であきてしまい、そのまま放ったらかしになっている本もあるくらいだから仕方がない。なので気がつくと、選ぶものがどうしても保守的になってしまい、結果的にぼくにとっての「マチガイのない本」を手に取ることとなる。


マチガイのない本といえば……
マラマッドの「レンブラントの帽子」が復刊されてから2年、こころ踊った上林暁の傑作小説集「星を撒いた街」が新たに産み落とされてから1年という歳月が流れた。はやいものだなあ、とつくづくおもう。その間その後にも、コダワリとオモイのこもったステキな本を出し続ける夏葉社さんに感謝しつつ、ぼくはぜったいにマチガイのない「昔日の客」をなんども読み返している。本を読むよろこび、ここにあり。


なんで本を読むのかな、とたまにおもう。
ただ単にヒマをつぶしたいってのもあるのだけれど、もうちょっとナントカなりたいとおもって読むことの方が多い。小説でも随筆でも、けっこうナントカなるためのヒントをくれる。かといって、「正しい生き方(仕合わせになる方法)」みたいなことを押しつけられるような本には辟易し、腰がひけてしまう。欲しいのは、答えじゃなくてヒントなのだ。書き手がどんなことをおもい、どうやってそこからここへ来たのか、その過程が知りたいのだ。


どんな世界にも上には上がいて、あんまり見上げてばかりいると泣きたくなってくる。だからぼくは本を読み、時折り足下をジッと見つめる。よしっとおもえるまで。