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ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

橋をかける。

少し前に書いたばかりの“でんでんむしのかなしみ”を巡って、ちょっとした偶然があったのでびっくりした。その少し前にも偶然の結びつきについて書いたばかりだったので、なんだかよけいに驚いてしまった。
あいおい文庫には、ひと月に何度かまとまって本が届く。もちろんこれは地域の方からのご厚意の本のことで、めいっぱい感謝しながら仕分けをして、ゆっくりと棚に並べたり箱に詰めたりしている。今日もそんなあたたかいご厚意に感謝しつつ、まだ届いたばかりの本を一冊ずつていねいに選り分けていた。何冊目かで手に取った本を何気なく開いてみて、ぼくはそこにちょっとした偶然を見つけた。


2009年に文春文庫で出た「橋をかける」は、第二十六回国際児童図書評議会(IBBY)で上映された美智子さまの基調講演を書籍にしたもの。子ども時代の読書の思い出について語られていて、本が好きなひとなら読むだけでじんわりとあたたかくなるようなやさしい文章で綴られている。
戦時中に少女時代をすごした美智子さまは、悲しみや喜びを思い巡らす機会を読書によって与えられたという。子ども時代の読書が青年期の読書のための基礎をつくり、それはある時には根っこを与え、ある時には翼をくれる。この根っこと翼は、外に、内に、橋をかけ、ご自身の世界を少しずつ広げて育っていくときの大きな助けになったのだと語られている。
書名にもなっている「橋をかける」とは、自分と周囲との間にある懸け橋のこと。一つ一つ橋をかけ、人や物とのつながりを深めていくことで自分の世界を築いているが、橋がその機能を失ったり、時として橋をかける意志を失ったとき、人は孤立し、平和を失う。子どもたちの将来に希望と平和をもたらす一つの架け橋として、読書はとても大切な意味をもっているのではないかと美智子さまは教えてくれる。30頁程度の短い文章ではあるけれど、読書のすばらしさ、そして希望と平和への祈りが、ぎっしりとつまっている。うん、とてもいい本に巡り合えた。

橋をかける (文春文庫)

橋をかける (文春文庫)

……まだ大きなかなしみを知らないくらいに小さかった頃の思い出。不確かではあるが、でんでんむしの出てくるこのおはなしを、母や祖父から読み聞かせてもらったことがあるのだと美智子さまは語りはじめる。かなしみとは誰でも持っているものなのだと気がついたでんでんむしが、おはなしの最後で嘆くのをやめたと知ったとき、美智子さまは簡単に「ああよかった」とおもう。しかし、大きくなってからもこのおはなしが幾度となく記憶に甦り、はじめて聞いたときのように「ああよかった」だけでは済まされないかなしみもあるのだと気づく。生きていくということは、楽なことではないのだという、何とはない不安を感じて。


ひとが成長するということは、それだけ多くのかなしみを知ってしまうということでもある。わすれてしまったかなしみ、わすれられないかなしみ、わすれてしまいたいかなしみ、みんなせなかにかなしみをもって、生きている。かなしみを知り、人のかなしみに気づくことができれば、きっと人に優しくなることもできるだろう。そしてそれは喜びを知り、喜びを感じとることのできる瞬間でもあるのだ。かなしみとは、決っして悲観することばかりではない。ここ数日間のちょっとした偶然の出合いから、ぼくはそんなことをおもった。

悲しみの多いこの世を子供が生き続けるためには、悲しみに耐える心が養われると共に、喜びを敏感に感じとる心、又、喜びに向かって伸びようとする心が養われることが大切だと思います。(皇后 美智子さま