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ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

婆さん子。

おとついの息子の入学式をきっかけに、子どもの成長のことなどをあれこれ考えていたら、ふと川崎長太郎の随筆を思い出し、心の隅っこのほうに引っかかっていた一文がどこかにあったはずだと探しはじめた。それがなんだったのか思い出せないまま盲滅法に探していたのだけれど、おもいのほか目当ての一文をすぐ見つけることができた。この人の書くものは善くも悪くも共感するところが多くて、読んでいるうちに自分の腹のなかに溜まっているものを目の前で見せつけられているような、妙な気持ちにさせられる。

《爺さん婆さん子で、ひとの家へ「今晩は」と云ってはいって行けなかった私は、東京へ出ても抜け目のない世渡りなど覚束なかったし、人にうしろ指さされているのも知らん振り、モグラのような物置小屋住まいを、いっそ甲羅に合ったものの如く心得たりしていた。書く小説にしろ、私小説としてもずいぶんひとりよがりで、自慰の域を多く出ていない。昔から爺さん婆さん育ちは、三百安いと相場が決まっている。私如きケッタイな人間が出来上がったのもムベなるかな。》(「過保護」川崎長太郎 著/『もぐら随筆』1977年 エポナ出版)

うちの息子は甘えん坊で泣き虫だ。そのくせ大変なお調子者で、度を越しておちゃらけては、にわかに信じがたいヘマをやらかす。そうかと思えば妙に引っ込み思案なところがあって、さんざっぱらモジモジした挙句、あとになってひどく後悔して泣き出す。いまひとつ粘り強さにも欠けているようで、ちょっとやってダメならすぐに諦めてしまう。こんなことで世渡りしていけるのだろうか、ついついそんな要らぬ心配をしてしまうのだけれど、本人は至って能天気なものだから頭にくる。まったく誰に似たのだろうか、親の顔が見てみたい。


ぼくは婆さん子だったので、社会に出るまでの多くの時間をおばあちゃんと過ごした。どちらかというと少し可哀想な生い立ちだったということ、また一人っ子だったということもあって、たいていのことには目をつむってもらい猫のように可愛がられた。婆さん子として育った人なんて山のようにいるだろうし、それをおばあちゃんのせいにするつもりもないのだけれど、思い通りになることが多かったぶんだけ、ぼくはワガママになっていったような気がする。ぼくのワガママは強烈に我を通すというよりも、自分の世界をつくってそこで暮らすことのほうが重要だった。世界観の違う人とは相容れない場所から意識的に距離をおくことで、苦手なことが起こらないように気をつけて暮らしていた。だから人のつくった世界へこちらから積極的に入っていくというのは苦手で、つまりは引っ込み思案の人見知り少年だったわけだ。今ではずいぶんとマシになったけれど、それでもまだその頃の名残はある。


婆さん子とは程遠い生活を送っている息子も、婆さん子として育ったぼくの子どもとして生まれたことで、婆さん子遺伝子をたっぷり受け継いでしまったのだろうか。後天的な影響がここまで根強いのだとすれば、婆さん子遺伝子にもなかなかしぶとくて粘り強い一面があるということになる。婆さん子だって捨てたもんじゃない、未来はずっと先へ広がっている。

もぐら随筆 (講談社文芸文庫)

もぐら随筆 (講談社文芸文庫)