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ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

永遠も半ばを過ぎて。

永遠も半ばを過ぎて、というのは中島らもさんの言葉だっただろうか。あのころ永遠につづくとおもっていた人生にも、ちゃんと終わりがあるのだと知る程度には、ぼくも大人になったようである。そして、じぶんの人生は大体このくらいまでだろうな、というなんの根拠もない予測からすれば、ぼくの永遠も半ばを過ぎたことになる。じぶんの生き方(主に働き方)というものを改めて考えてみるには、ちょうどいい頃合いなのかもしれない。


と、ここまで書いてから筆がいっこうに進まず、かれこれもう三週間くらいになる。その間にも考えは固まりつつあるのだけれど、どうにもこうにもさっぱり書くことができない。第一、安易にこのことを書いてしまうと色々な意味で差し支えるから、第二、めずらしく忙しくしていてゆとりがないから。後者の理由のほうがたぶん大きくて、じっくり腰を落ち着けて考えたり、その考えをまとめたりするゆとりを、ここのところ完全に失っていた。ゆとりってほんとうに大切だなあと、しみじみおもう今日この頃である。


仕事をするときにぼくが心がけていることは、いつのときにもゆとりをもつということ。そして、とにかく楽しむということ。そこに楽しさを見つけ、またはじぶんでつくり、仕事の時間を楽しい時間として過ごせるようにいつも工夫している。それは単に好きなことだけやっていればよいということではなく、忙しくっててんてこ舞いしている自分すらも、どこかで俯瞰しながら楽しめるくらいのゆとりが必要だということである。ところがこの二つは、大切にしているつもりでも、忙しさにかまけてうっかりしているとすぐにどこかへ引っ込んでしまう。ふと見た鏡のなかに、眉間にぎゅっとシワを寄せたしかめっ面のオヤジが映っていたら要注意。そんなときには北大路公子さんのエッセイでも読んで、頭の中身が漏れ出でるに任せたほうがいい。


永遠も半ばを過ぎて、これからのじぶんの生き方を改めて考え、そのための第一歩をどう踏み出そうかと画策しているところである。今の時点ではまだはっきりしたことが言えないのだけれど、とにかくゆとりをもつこと、そして楽しむこと、この二つをいつのときも忘れずに、鼻歌でも唄いながらのんびり歩いてゆきたいとおもう。