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ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

東京ベンチの「ベンチ」のこと。

 痩せるのはとても大変だけれど、太るのはとても簡単だ。

 体質や健康状態にもよるのだろうけれど、これは多くの人にとっての真理なのではないかとおもう。たとえば好きなものを好きなだけ食べて、好きなときに好きな酒を好きなだけ飲んでいると、かなりの割合で太る。嘘だとおもうのなら試しにそういう生活を3ヶ月くらい続けてみるといい。あっというまに、ギュッとつかめるくらいのお肉がお腹につくから。 

 この真理のこの上なくやっかいな点は、「これはまずい」とおもって好きなものを好きなだけ食べたり飲んだりする生活を慌ててやめたとしても、そうは簡単に元に戻らない(お腹の肉が急に消えてなくなったりはしない)ということである。というわけで、最近また悩みの種が増えて困っている。

 さて、東京ベンチについての説明を少しずつしていこうとおもうのだけれど、どこからどうはじめたらよいのかと迷う。あまり小難しいことを書いてもおもしろくないだろうし、かといって端折り過ぎても伝わらない。なので、とりあえずはコンセプトの部分、つまりは東京ベンチの「ベンチ」のことについて書いてみるところからはじめたいとおもう。

 疲れたなあとか、ちょっと一服しようかとか、世間話したり、とりあえず腰かけたいときなどにあったらいいなとおもうのが、ベンチ。街のどこかにぽつんとあって、老若男女問わず誰でもおかまいなしに利用できる当たり前な場所。そういう、「ベンチ的な場所」を東京のどこかにつくりたいとずっとおもっていた。おもっているだけではつまらないので、そんな話を近しい人たちによく語るようになった。聴いてくれた人たちは、チャンスやたくさんのアイディアをくれた。そうこうするうちに、おぼろだったイメージは色濃く具体的なものとなり、今ではベンチ的な場所の設計から工事という段階にまで進んでいる。これも縁のチカラなんだろうな。すごい。

 ある日、ぼくはベンチ的な場所についてのいくつかの相談をするために、MさんとSさんに声をかけた。この人たちと飲みながら交わす冗談みたいな会話のなかには、いつもハッとするようなアイディアが隠れている。そのときはまだおぼろで、「ベンチ的な場所」というイメージを具体的なコトバとして表現出来ていなかったにも関わらず、ベンチという単語はわりとすぐ出てきた。「誰でもフラッときて憩えるような場所っていったら、ベンチじゃない?」「東京でやるんだから、東京ベンチ。」すぐに紙とペンを取り出して、「東京ベンチ」と書いてみる。うん、いいよ。もう一回見てみる。うん、やっぱりいい。これだよ、東京ベンチ!

 そんなふうにして、東京ベンチは誕生した。おもいのほか簡単についてしまった名前なので、お腹の肉同様そう簡単に消えてなくなったりはしないだろう、と信じている。