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ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

ピート・ハミルな夜。

 あれこれ考えすぎて眠れない夜がある。

 頭を冷やすといい、という話を聞いたことがあったのを思い出し、冷凍庫からアイスノンを取り出す。朝までぐっすり眠れるようにと祈るような気持ちで明かりを消す。一時間後、冷えた頭であいかわらずあれこれ考えているじぶんがいる。

 ベッドサイドには、いつでも5冊くらいの本が積まれている。どれも短い小説やエッセイばかりで、眠る前や眠れない夜のためにぼくが選んだものだ。ここちよく沁みいる好みの文章で、なおかつ思考の旅に出なくてもすみそうなテーマで書かれたものであることが選書の基準となっている。たまに取り替えるものもあれば、ベッドサイドが定位置となったままの本もある。いずれも、いつでも手に取って読むことができるというその事実だけで、実際的・実在的なものとしての深い安心感を与えてくれる。

 そんな夜の一冊のなかに、ピート・ハミルの「ニューヨーク・スケッチブック」がある。この本とのつきあいは長く、十数年間にも及ぶ再三の寝返りによる痛手を受け続け、いまベッドサイドにある二代目でさえもかなりヨレているくらいだ。人生における危機の瞬間、愛とその不在、都会の孤独、忍びよる過去の重みなど、実際にあった多様な人生の、ともするとなんでもないような出来事の断章が絶妙な語り口によって描かれたこの短編集を読むと、酒場で飲み過ぎてウトウトしながら友人と語り合うあの感じが彷彿としてよみがえる。いつどうやって別れたかも思い出せないまま、ただベッドに倒れ込むようにして眠るだけ。

 「もしおれを迎え入れてくれるなら、その木の枝に黄色いハンカチを一枚結びつけといてくれ、そうしたらおれは、そこでバスを降りて家に帰るから、って。でも、もしおれに会いたくないんだったら、なにもしなくてけっこう、ハンカチも結ばなくていい、そうしたらおれはそのままバスに乗って町を走り抜けるから、ってね」(「黄色いハンカチ」ピート・ハミル著/『ニューヨーク・スケッチブック』1986年 河出文庫)

 上に引いたのは、山田洋次監督の映画「幸福の黄色いハンカチ」の原作となった一編。何度も観ている大好きな映画だけれど、この物語のクライマックスで歓喜する若者をよそに、人生の仄暗い部分を感じさせる年老いた前科者が漂わせる空気感は、原作のほうがより色濃く感じられ、ずっしりと重い。

 眠れない夜に、おすすめの一冊。

ニューヨーク・スケッチブック (河出文庫)

ニューヨーク・スケッチブック (河出文庫)