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ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

おかげさま。

古書信天翁さんで買ってきた『四月と十月文庫「ホロホロチョウのよる」/ミロコマチコ 著(港の人)』を電車の中で読みはじめたら、グイグイと引き込まれてあっという間に読み終えてしまった。いい意味で期待を裏切られるステキなエッセイ(画文集)だった。


著者のミロコマチコさんは、今年3月に開催した「あいおい古本まつり」において牧野伊三夫さんとのライヴ・ペインティングで来てくださった画家であり絵本作家でもあるアーティスト。動植物を主に描かれていて、(ぼくのズブの素人感覚ながら)大好きな田島征三さんと同じような魅力を感じさせてくれる絵を描くとても素敵な作家さんである。征三さんもそうなのだけれど、こういう魅力的な絵を描く作家さんは話すこともかなり面白い。ミロコさんのエッセイを読んでいたら、ぐでんぐでんに酔っ払って寝小便をたれた話をしてくれた征三さんを思い出した。ちょっと見どうでもいいような話がとっても魅力的で、何気なくて思いもよらないような視点にハッとさせられる。きっと才能というのは一つの小さな箱だけにとどまらないものなのだろうな。
とにかく、これはいろんな意味でステキな本に仕上がっているので、ぜひ一人でも多くの方の手に取ってもらいたいと切に願うのである。本当にいいの。

ホロホロチョウのよる (四月と十月文庫 2)

ホロホロチョウのよる (四月と十月文庫 2)

《私は人に恵まれていると思う。大阪時代から今でもうんとお世話になっているギャラリー「いとへん」の鯵坂さんに「ミロコちゃんはタイミングだけはいいからね」と言われた。「“だけは”って何だ」と思いつつも、確かに、私は何かと人との巡り合わせでここまでやって来た。》


これは「あとがき」からの引用で、常々ぼくが思っていることでもある。気心のしれた人と話をするときには決まってこのことを話すので、 道も年齢も違えど勝手に親しみを感じてしまった。ミロコさんは才能に満ち溢れたアーティストだから同じ土俵で話をしたらバチがあたるけれど、なんの才能もないぼくでさえも、なんだかんだと思い描いた通りの生き方をすることができているのは周囲の人のおかげに他ならない。まったくもって「おかげさま」なのである。この辺りの感じ方はミロコさんとリンクしているような気がしたので…。


ぼくには今のところ後悔がない。だって、今こんなに仕合わせなのはこれまでのすったもんだがあってのことなのだから。くよくよしていたことすら懐かしい。そう思えるのはなぜかといえば、たくさんのステキな出逢いに支えられているからなのだ。義理を欠いて薄情な別れをしてしまったことも多々あるけれど、たとえそれが伝わらなくても感謝している。めいっぱい感謝している。ふとあんなことこんなことを思い出しては泪を流したりするような性分なので、関わって支えてくれた人のことをぜったいに忘れられない。


ちょっと前に「人との巡り合わせ」について話をしたら、「それは才能だよ」といってくれた人がいた。ミロコさんではないけれど、その人もやっぱりアーティストだった。自分では才能とはどうしても思えないのだけれど、タイミングはいいなと思う。あのときにあの人と出逢って、そのときの気持ちがたまたまこうだったから繋がりがもてて…タイミングがズレてたら、せっかくの巡り合わせも台無しになってたんだと思うとちょっぴり怖い。あの出逢いがなきゃ命を落としてただろうなってこともあるし…。


とりとめもなく長くなりすぎてしまったけれど、人との巡り合わせはかけがえのないものだということをどうしても書きたい夜なのでした。おかげさまの人生とは最高の人生でもある。