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ハチドリのとまる場所。

大好きな本のこととか日々の考えなど、あれこれ。

松井秀喜さんのこと。

松井さんの悪口を言ったり、彼のことを嫌いだという人とは、おそらく友だちになれないとおもう。もちろん会ったことも、話したこともないのだけれど、それでもそう言わしめる何かが、この人にはある。


お手本となるような生き方をしている人、尊敬できる人、誰か一人あげてみてくれといわれたら、ぼくは迷わず松井秀喜と答える。誤解のないように言っておくけれど、彼のような心がけ、習慣、考え方にシフトして生きたいとはおもっていない。ただ激しく賛同し、一生彼のファンでいたいとおもっている。


松井選手の放った、シーズン50本目となるホームランがぼくのすぐ目の前のベンチに飛び込んできたその年、彼はアメリカで野球をすることを決めた。「決断した以上は、命を懸けて戦ってきます」という言葉を残して旅立った。できることなら命など懸けず、戦わずに済むのならそれにこしたことがないとおもって歩きはじめていたその頃のぼくにとって、この言葉は衝撃的だった。そして、この差はいったいなんなのだろうと、真剣に悩んだ。命を懸けてもいいとまでおもえるようなものが、ぼくには何もなかったから。それからの10年間、ぼくはずっと彼の背中を見つめて生きている。


松井秀喜という人物や彼の思考に関する本は、本人が書いたものも含めてたくさん出ている(全部ではないけれど、ほとんど読んでいるとおもう)のだけれど、中でも少し前に出た「逆風に立つ 松井秀喜の美しい生き方/伊集院静 著」(2013年 角川書店)という本がとてもよかった。このあいだも書いたように、ぼくは伊集院静さんのエッセイや交遊録が好きだし、この作家の他人を見つめる目が好きだということもあるのだけれど、それを置いておいたとしてもこの本は特別いい。松井選手の葛藤と、それを慮る著者がかける言葉。この二人の信頼の深さ、その距離感に心打たれる。そして、そこにやわらかく登場する著者の夫人、篠ひろ子さんがまたいい。二人の間にちょうどいい塩梅に入っていて、料理の隠し味みたいに三人の和をいい方へ少しだけ変化させている。この本には、仕事、夫婦、親子、友情、信頼、絆、出逢い、そういった人生の要所要所の色々がギュッと詰まっている。それは松井ファンや野球ファンでなくとも、きっと多くの人の心の支えになり得るだろうとおもう。


松井秀喜という人は、その生き方は、そのすべてが、眩しすぎるくらいに眩しくて、美しすぎるくらいに美しくて、時に正視できないくらい輝かしい。それは羨望でも嫉妬でもなくて、きっと野球の神さまがいるのだとしたらこんなふうな人なんだろうな、という近寄りがたいほどの光を見て感じとっているからなのかもしれない。この先もうプレーする姿が見られなくなってしまうことは残念だけれど、これからの松井さんがどんな生き方を見せてくれるのか、今から楽しみで仕方がない。


あなたの背中にただ激しく賛同し、これからもずっとファンでいつづけたいとおもいます。おつかれさま、ありがとう、これからもがんばってください。